ご あ い さ つ

   
   
 

 先の総選挙では皆様から温かいご支援をいただき有難うございました。長きにわたる歳月、挑戦と蹉跌を繰り返す私に、終始変わらぬご支援をいただいた皆様に改めて厚く御礼申し上げます。またこの間物故された多くの同志の皆様に改めて感謝の意を表し、ご冥福をお祈り申し上げます。

 

 私が衆議院議員となって最初の仕事は、首班指名選挙で「鳩山由紀夫」と書くことでした。ご存じのとおり、私は今から十三年前の平成八年、民主党の結党に参加し、自ら代表となって群馬民主党を創立しました。その時の私の初心は、「自民党に代わる責任勢力を創ること」であり、「鳩山由紀夫氏を総理にすること」でした。当時、私がこの二つの政治目標を語ると、大方の人からは、現実離れをした夢物語のように受け止められ、不思議に思われたり、嘲笑されたりしたものでした。

 

 政権交代と鳩山内閣の樹立は、私にとっても、また私の挑戦にお付き合いいただいた同志の皆様にとっても、長い道のりでした。この長い年月の間、志を失うことなく二つの政治目標を追い、それが現実のものとなる日に際会できたことは、まことに「男子の本懐」というほかありません。

 

 私が当面取り組みたいことはいくつかあります。国会で、所属する分野(私は法務委員会と消費者問題対策特別委員会)で民主党の政策実現に努力していくことはもとよりであり、とくに法務委員としては「取調の可視化法案」の成立に努力します。

 

 「八ツ場ダムの建設中止」は私の年来の主張であり、当選直後から精力的に取り組んできたところです。これは政権交代による「価値観の転換」を象徴する問題であり、それゆえに既存の価値観に立脚する勢力からの抵抗は激しいものがあります。しかし、私は、八ツ場ダムの中止実現に政治生命を賭す決意であり、これが達成されるとしたら、それだけでも私の政治生涯は意義あるものだったと言えるでしょう。

 

 鳩山政権の「東アジア共同体」構想は、野党時代からの鳩山由紀夫氏の持論であり、私も、彼の「新憲法試案」作成を手伝う過程で、構想立案に関わってきました。鳩山政権下で、この日本にとっての長期構想を実現していくための端緒が拓かれることを切望し、微力を尽くしたいと存じます。

 

 私は現在、民主党群馬県連の会長代行であり自治体や団体から陳情や要請を受ける責任者である地域政策本部長をしています。民主党群馬県連の責任者として、郷土の発展のために、可能な限り努力していく所存です。

 

 また私は自分が創った民主党群馬をさらに強くし、地域においても自民党に代わる力量を持つ政党に育てる責任を感じています。私に代わり、群馬民主党を担う若く改革意識旺盛な人材を発掘し、政界に送り出すこと。これも私の使命だと思います。

 

 こうした課題に取り組むことは議員として当然なのですが、私がこの歳になって衆議院議員となった意義は何なのか。天が、中島政希に今になって議席を与えた意味は何なのか。衆議院議員中島政希に固有の役割というものがあるのだろうか。このことを当選以来ずっと考えてきました。

 

 政権は成立した時から崩壊の道を歩み始めます。鳩山政権もその例外ではあり得ません。民主党政権あるいは鳩山内閣の功罪を記憶し、その崩壊に至る過程をつぶさに後世に伝えること。おそらくそれが私に与えられた天命であり、固有の役割ではないかと感じています。天は、そのために晩年の中島政希に、政治史観察の特等席を与えたのだと信じます。

 

 今後、私は、一人の「雨天の友」として鳩山由紀夫を見守りつつ、群馬と日本の未来のために、衆議院議員としての職責を精一杯果たしていく決意です。どうか、これからも変わらぬご支援を賜りますようお願い申し上げます。

平成21年12月5日  中島 政希